デザイン思考とアート思考とは?―幸福と創造性の関係を考える
- SATSUKI DESIGN OFFICE
- 9月28日
- 読了時間: 5分
2025年7月末、さくらインターネットBlooming Campの交流の起点「Blooming Kitchen」に参加しました。その時のテーマが「デザイン思考とアート思考」でした。デザイン思考とアート思考を考える会 そこで、みなさんのお話しをお聞きしたり、アトリプシーの活動についてお話ししたりしたのですが、とても有意義だったのでここでまとめと深堀りをしてみたいと思います。一緒に登壇しました、村井拓人さんの論文も引用しながら書いていきます。

「デザイン思考」と「アート思考」。
最近はビジネスや教育の現場で耳にすることが増えましたが、この2つは同じ“創造的なアプローチ”でありながら、実はゴールが違います。
デザイン思考とは?
デザイン思考は、「課題を解決する力」に特化した手法です。ユーザーの声をもとに課題を見つけ、アイデアを出し、形にして検証する。企業の新規事業や商品開発で広く使われています。そして、私も大学院での研究の際に、このデザイン思考を用いて進めました。
「デザイン思考は、問題解決のための手法であり、ユーザーのニーズを出発点に実用性のある成果を生み出すことを志向している」(村井, 2021, p.171)
デザイン思考の特徴は大きく5つのプロセスです。
共感(ユーザーの声を理解する)
定義(課題を整理する)
発想(アイデアを広げる)
プロトタイプ(試作品をつくる)
テスト(改善していく)
「ユーザー視点に立ち、実際に役立つ解決策を生み出す」ことがゴールになります。
アート思考とは?
一方のアート思考は、アーティストが作品を生み出すとき、必ずしも「誰かの課題を解決する」ことを目指しているわけではありません。むしろ「まだ誰も気づいていない問い」を社会に投げかけ、新しい視点をひらくことが多いのです。
村井さんの論文でも、「アート思考は目的地が曖昧なまま進むことを許容する力」と述べられています。正解を探すのではなく、まだ言語化されていない可能性を掘り起こす。その自由さがアート思考の魅力です。
「アート思考は、課題解決を志向するデザイン思考とは異なり、既存の前提や枠組みを問い直し、新たな視点や意味を提示することに創造性の本質を見出す」(村井, 2021, p.172)
デザイン思考とアート思考の違い
比べてみると、次のように整理できます。
視点 | デザイン思考 | アート思考 |
ゴール | 課題解決 | 新しい問いの発見 |
出発点 | ユーザーのニーズ | 自分の感性・問題意識 |
プロセス | 共感→定義→発想→試作→検証 | 直感→探究→表現→対話 |
活用領域 | ビジネス、サービス開発 | 創造活動、自己表現、未来構想 |
つまり、デザイン思考は「役立つものをつくる」アプローチ、アート思考は「まだ見ぬ視点をひらく」アプローチといえるのではないでしょうか。さらに村井さんの論文では、「幸福」と「創造性」の関係性に新しい視点が示されていました。
幸福と創造性の関係
最も興味深かったのは、「幸福と創造性は単純に比例しない」という指摘です。
満たされた幸福状態では、新たに創造する欲求は弱まる
欠如感や不安から創造の動機が芽生える場合が多い
ただし「不安だけ」では心が消耗し、創造性を持続できない
論文では次のようにまとめられています。
「創造性は、欠如を出発点とする場合が多い。満たされている状態では現状にとどまる傾向が強く、新たに創造しようとする欲求は生じにくい」(村井, 2021, p.176)
「一方で、ワークショップの実践においては、表現活動を通じて自己肯定感が高まると同時に、現状を問い直したい欲求も芽生えることが確認された」(村井, 2021, p.178)
つまり、創造性を生み出すには「不完全さの自覚」と「自己肯定感の回復」の両方が必要だということです。
わかりやすくいうと、たとえば、こんなふうに言えるかなと思います。
お腹がいっぱいのとき→新しい料理を作ろうとは思わない。
少し空腹のとき→家にある材料で工夫してみようかな?と新しい発想が生まれやすい。
創造の源には「何かが足りない」 「もっとこうしたい」 という欠如感があるということ。ただし、不安や欠如だけでは人は疲弊してしまいます。ワークショップの観察からこうまとめてらっしゃいました。
「表現活動を通じて自己肯定感が高まると同時に、現状を問い直したい欲求も芽生えることが確認された」(村井, 2021, p.178)
つまり、欠如と自己肯定感がバランスよく交わるときに創造性が花開くということですね。言い換えると、創造性は「安心に包まれた幸福」ではなく、「不完全さを抱えつつも前に進む幸福」の中で開花するのです。
アトリプシーの実践から
アトリプシーのワークショップでも、これを体感しています。
闘病や不安といった「欠如・喪失感」を抱える参加者が、アートを通じて自己表現する
作品づくりの中で「私にもできた」という自己肯定感が生まれる
その肯定感が「もっと作りたい」 「新しいことを試したい」 という創造のエネルギーにつながる
まさに「欠如」と「幸福」の間に創造性が芽生える瞬間がそこにあるように思います。ワークショップでは、参加者が「自分の内側の声」に気づくというアート思考的な体験を得て、そして、その作品をスカーフや商品として社会に届けるときには、デザイン思考的に「どうすれば多くの人に届くか」を考えるこの循環の中にこそ、ケアとアートをつなぐ新しい価値が生まれ、個人の自己肯定感と社会的な共感が育まれていくように思います。つまり、アトリプシーの循環の中で、アート思考×デザイン思考の往復が行われているということです。
まとめ
デザイン思考は課題解決、アート思考は問いの発見。創造性は「満たされた幸福」ではなく「欠如と自己肯定感の交わる場所」に宿る。そして、アトリプシーは、その関係性を実践の中で育んでいます。
参考文献 村井拓人 (2021) 『VUCAな時代における幸福度と創造性の一考察 : アート思考理論を活用したワークショップを通じて』同志社大学リポジトリ, https://doshisha.repo.nii.ac.jp/records/2000421