香港発「Labubu(ラブブ)」が映す、“ぬい活”。心をつかむ「共感のデザイン」とは
- SATSUKI DESIGN OFFICE
- 10月13日
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ぬいぐるみを持ち歩く「ぬい活」は、Z世代にとって自己表現の新しい形に。香港のアーティストが生んだLabubu(ラブブ)が、なぜ世界中で共感を集めているのか?その背景を探りながら、共感のデザインについて考えてみたいと思います。
香港発「Labubu(ラブブ)」が映す、“ぬい活”という文化の進化―心をつかむ「共感のデザイン」とは
ぬいぐるみを持ち歩き、写真を撮り、日常の中に寄り添わせる。そんな「ぬい活(ぬいぐるみ活動)」が、Z世代を中心に広がりを見せています。バッグの端から顔をのぞかせる小さなぬいぐるみ、旅先の風景と並ぶぬいぐるみ、コーディネートの一部として登場するぬいぐるみ。それは単なる「かわいい」の共有ではなく、自分の心と世界をつなぐ静かな表現なのかもしれません。
1. ラブブとは誰が生んだのか:香港発のアートトイ
人気の火付け役となったのが、トゲのある耳と鋭い歯をもつキャラクター「Labubu(ラブブ)」。見た目は奇妙で、それでいてどこか愛らしい——この不思議な魅力が人々を惹きつけています。
ラブブを生み出したのは、香港出身のアーティスト Kasing Lung(カシン・ルン/龍家昇)。彼はオランダ育ちでベルギーを拠点に活動しながら、絵本やイラストを通して「The Monsters」というキャラクターシリーズを展開しました。ラブブはその一員として誕生し、もともとは少数限定のアートトイとして流通していたのです。
2. 中国・Pop Martによる世界的な拡散
転機となったのは、中国のトイメーカー Pop Mart(泡泡瑪特) がライセンス契約を結んだこと。ブラインドボックス形式で大量生産と流通が始まり、香港発のアートトイが一気に“世界中で手に入るカルチャー”へと変化しました。2024年にはBLACKPINKのLisaがSNSでラブブを紹介し、アジア中でブームが加速。Pop Martはアジア、ヨーロッパ、アメリカまで販売網を拡大し、ラブブは「アート×商業」が融合した成功事例となりました。つまりラブブは、香港の創造力 × 中国の流通ネットワーク × 世界の共感によって育った“ハイブリッド・カルチャー”。国境を越え、アートとビジネスが共鳴する新しいモデルなのです。
3. ぬい活が映す「共感される個性」
SHIBUYA109 lab.の調査では、Z世代の約8割がぬい活を経験しており、多くが「お守りのような存在」と回答しています。“周囲から浮かずに個性を出す”という彼らの感覚にとって、ぬいぐるみは「等身大の自分を表すパートナー」。ラブブのように、完璧ではない形、不揃いな歯や不機嫌そうな表情に惹かれるのは、「多様でいい」「完璧じゃなくていい」という、現代的な生き方の象徴でもあります。ぬいぐるみは、いまや単なる玩具ではなく、自己肯定のメタファーとして受け止められているのです。
4. ぬい活が広げる「体験の場」
いま、ぬい活は社会の仕組みの中にも入り込み始めています。ホテルでは“ぬい同伴プラン”や“ぬいベッド付き宿泊”が登場し、観光地には“ぬい撮影スポット”が設けられる。それはまるで、「人の心に寄り添う小さな存在」が、街や旅の風景を豊かにするかのようです。企業や自治体もこのムーブメントをマーケティングだけでなく、「体験設計」の文脈で活用し始めています。ぬいぐるみは、人と人をつなぐ“媒介”として、感情の経済を動かしつつあるのです。
5. アトリプシーで「ぬいぐるみ」
アトリプシーとしてぬいぐるみが作りたいと思っていたのだけど、ロットが合わず断念。でも、まだあきらめていません!だって、ぬいぐるみによる「ケア」を提案したいからです。“心をほどいてつながるぬいぐるみ”をつくっていきたいと考えています。今考えていることはこんな感じ。一緒に作りたい、考えてみたい仲間を募集していますので、ぜひご連絡ください。
ミニチャーム系+撮影性重視 | バッグチャーム型ぬい(クリップ・カラビナ付き)、スマホリング併用、マグネット背面装着型 | 日常使いしやすく、ぬい活ユーザー行動に適合。 |
カスタマイズ性・モジュール型 | パーツ交換型ぬいぐるみ(耳・表情・小物・スカーフパーツが差し替え可能)、服付き・着せ替えオプション | コミュニティや収集意欲を刺激できるが、パーツ管理コスト・互換性設計が難しそう・・。 |
ストーリー性ペーパーテキスト連動 | 小冊子や QR 連動のデジタルストーリー(キャラクター背景・世界観)をつくる | 単なる「かわいい」で終わらずブランド性・ファンロイヤリティ構築をする。 |
体験拡張グッズ | ぬい用撮影スタンド/背景パネル、撮影セット(ミニジオラマ)、ぬい用衣装・スカーフ | ぬい活者が自分のぬいを“演出”する用途。ただ量産コスト・携行性・組み立て性にも配慮が必要。 |
2025年現在、「ぬい活」は経験率8割超まで広がった若者の標準行動。デザイナーズトイ × 推し活 × ファッションの交差点がここから見えてきます。小売から観光まで体験デザインが鍵となり、関連市場は高成長トレンドだなと感じております。
▶ここからは、デザインとして研究観点でみてみる。
ラブブにみる「共感のデザイン」
―不完全さが生み出す“他者とのつながり”の構造
1. 「かわいさ」の概念を超えて
ラブブは一見すると、典型的な「マスコット的かわいさ」からは逸脱しています。尖った耳、鋭い歯、アンバランスな目――。いわゆる“ゆるキャラ”や“癒し系”とは真逆の造形です。にもかかわらず、ラブブは世界中のファンから愛されています。この矛盾の中に、現代の「共感のデザイン」が隠れているように思います。
従来の「かわいい」は、丸み・対称性・清潔感といった“安心できる他者像”を前提としていました。しかしラブブの魅力はむしろその逆。「少し怖い」 「ちょっと不安」 「だけど惹かれる」というアンビバレントな感情を呼び起こします。それは、「完璧ではないもの」への共感です。そしてこの“いびつな愛らしさ”こそ、今の時代における「かわいさ=共感される存在」へと進化した形なのかなと感じています。
2. 不完全さは、共感の入口になる
ラブブを見たとき、多くの人が「なんだか自分みたい」と感じます。これは単なる投影ではなく、“人間の不完全さ”を象徴する造形が働きかけているのです。
Kasing Lung(カシン・ルン)は、Labubuを「自分の中の不安や孤独を映したキャラクター」だと語っています。つまり、ラブブは“作り手の心の欠片”を造形化した存在。そのため観る人は、自身の感情と向き合うように、ラブブを見つめます。
これはプロダクトデザインでいう「パーソナリティの投影(projection of self)」の典型例。機能ではなく感情移入を促す造形が、共感を媒介するのです。「欠けていること」が、拒絶ではなく共感の入口になる。そのデザイン構造こそが、ラブブを“共感のデザイン”の象徴にしています。
3. コミュニティがデザインを拡張する
ラブブの世界的な拡散は、SNS上での「ぬい活」と切り離せません。Z世代はぬいぐるみを「所有する」よりも「関係を築く」対象として扱います。バッグに付け、写真を撮り、日常の一部として共有する。この行為は、デザインが“体験”に拡張される瞬間です。ラブブが「持つもの」から「一緒に生きるもの」に変わるとき、共感のデザインはプロダクトを越えて、コミュニティ的共感へと昇華します。つまり、ラブブという造形そのものが“共感の装置”となり、その存在を介して人々は、自分や他者の感情を再発見しているのです。
4. “かわいさ”の先にあるデザイン
ラブブが教えてくれるのは、「完璧でなくても、誰かとつながることはできる」というメッセージです。デザインが“魅せるため”ではなく、“寄り添うため”のものになるとき、そこに生まれるのは機能でも造形でもなく、共感です。「優しい違和感を持つものを愛せる社会」。その小さな兆しとして、ラブブは私たちの時代を映し出しています。
先行研究より:
SHIBUYA109エンターテイメントの定量調査では、Z世代の8割超がぬい活経験、多数が「お守りのように感じる」と回答。“日常の同伴者”としての位置づけが広がり、生活行動へ拡張していることを示します。SHIBUYA109エンタテイメント+1
「かわいさ」は生物学的に“近づき・世話をする”動機と結びつく感情設計の土台です。ラブブのように可愛さと不気味さが同居しても、可愛さの要素が一定量あれば接近動機を下支えできます。PNAS+1
また、人は孤独感の高まりや可視的手がかりを前に、モノを人のように感じやすくなります(擬人化の三因子理論)。擬人化が進むと、その対象に道徳的配慮や信頼を与えやすくなり、結果として“ケアの関係”が生まれる。ぬいぐるみを「連れていく・話しかける」といった行為は、この心理メカニズムの社会的な現れといえます。Semantic Scholar+1
さらに、ハンドメイド的なモノの小さなムラや不均一さが「人が関わった証」として好意・信頼を高めることが複数研究で示されています(ただし非加工生鮮では逆効果になり得る)。不完全さは万能ではないが、コンテクストと個人差が合致すると、温度感・親近感を強く演出できます。キャラクター造形の“いびつさ”も、同様の心理フレーミングで解釈できます。pdxscholar.library.pdx.edu+1
可愛さが接近動機を用意し、不完全さが「人の手触り」 「自分の欠片」を感じさせ、擬人化が対象に配慮と信頼を与え、移行対象として情動を整え、その体験がSNSや持ち歩きで共有され、共感の共同体が生まれる。ラブブの“いびつで愛らしい”造形は、この循環を自然に駆動する設計になっているのではないかな?どうだろう。
まとめ
共感をデザインするというのは、
まず“かわいい”で近づくパッと見て「触ってみたい」 「連れて歩きたい」と思う“入口”をつくる。
ちょっと“いびつ”で完璧じゃない表情や形が、「人の手触り」や「自分にもある欠け」を思い出させ、気持ちが乗る。
だんだん“人のように”感じる(擬人化)名前をつけたり話しかけたりするうちに、ただの物から“相棒”に変わる。配慮や信頼が芽ばえる。
“気持ちを整える道具”になる(移行対象)不安なときに握る、嬉しいときに見せる。感情のアップダウンをやさしく整える存在になる。
体験を“外へ”共有する連れて歩く・写真を上げる→同じ気持ちの人とつながる→小さなコミュニティ(共感の輪)ができる。
①接近 → ②引っかかり → ③相棒化 → ④心の安定 → ⑤共有の循環を、ラブブは “いびつで愛らしい” 造形だから、ただ“かわいい”だけのキャラより、心に長く住みつきやすいんでしょうね。人はこの回路がハマると、「買って終わり」ではなく、関係が続くのだろうなと解釈しております。
出典
SHIBUYA109 lab.「Z世代の『ぬい活』実態調査」(2025/2/25, PDF)— 経験率・行動内訳・示唆。SHIBUYA109エンタテイメント
Impress Watch「入手困難 大人気の『ラブブ』とは?」(2025/10/10)— 人気化の経緯・店舗・偽造注意喚起。Impress Watch
東洋経済オンライン(2025/9/4)— Z世代の「共感される個性」分析。東洋経済オンライン
POP MART JAPANプレスリリース/店舗一覧(2025/9 ほか)— 国内展開の最新動向。プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES+1
The Times(2025/7/15)— 大阪のホテル“ぬい用ベッド”導入。The Times
Technavio(アクセスページ)— グローバル市場の成長予測。Technavio
偽造対策(Toyland HK, GamesRadar)— 防偽QRと見分け方。TOYLAND+1
Glocker, M. L., et al. “Baby schema modulates the brain reward system.” PNAS (2009). / PubMed 概要。PNAS+1
(文化研究)現代日本における“多義的かわいさ(キモかわ等)”の整理。PMC
Epley, N., Waytz, A., & Cacioppo, J. “On seeing human: A three-factor theory of anthropomorphism.” Psychological Review (2007) と関連研究。Semantic Scholar+1
Imperfection 効果(条件依存):加工/手作り文脈での好意上昇に関する研究。pdxscholar.library.pdx.edu+1
Winnicott, D. W. “Transitional Objects and Transitional Phenomena.” Int. J. Psycho-Analysis (1953)。および近年の対象愛着と情動調整レビュー/実証。nonoedipal.files.wordpress.com+2サイエンスダイレクト+2