ヘルスケアとアートがつながるとき ― アトリプシーが生み出すウェルビーイングの力
- SATSUKI DESIGN OFFICE
- 9月28日
- 読了時間: 6分

久しぶりにブログを書く気になりました。 2024年1月、ケアとアートの可能性を社会に提案する事業を行うと決めて、もうすぐ2年になります。アトリプシーとして2025年11月中旬に第2回目の作品をお披露目予定。少しずつですが、前進し続けています。その活動の中で、思うことを書き出しておこうと思います。
ヘルスケアの新しいかたち
「ヘルスケア」と聞くと、病気の治療や予防をイメージする方が多いかもしれません。しかし世界保健機関(WHO)は、健康を「身体的・精神的・社会的に良好な状態」と定義しています。つまり、単に病気でないことではなく、心の健康や人とのつながりも含めた「ウェルビーイング(よりよく生きる状態)」こそが、これからのヘルスケアに求められています。
アトリプシーをやり始めた当初、健康という言葉をどう扱ってよいのかわかりませんでした。がん経験者になってしまうと、もう健康とは言えないのだろうか。そんな疑問を持ちながら、ヘルスケアとは何か、ウェルビーイングとは何かを思考していました。
私が今のところ出した答えは、ウェルビーイングは、人それぞれ異なるもので、その答えは自分で見つけなければならないものだと考えています。大切にされるべき価値や権利を自分自身で理解して、それを他者に奪われないこと。ウェルビーイングに生きることを維持するためには、自分を労わるセルフケアであったり、他者との関係性を築く術が必要なんだろうなと思います。且つ、環境やお金、機会なども必要になってきます。つまり、ヘルスケアとは病気を治すための医療だけではなく、心と体と社会的つながりを含めた「総合的な健康維持」 のことだと思います。
アートとケアの融合がもたらす効果
近年、アートを取り入れたヘルスケアの効果が世界中で注目されています。イギリスの報告書(All-Party Parliamentary Group on Arts, Health and Wellbeing, 2017)によれば、アート活動はストレスの軽減や孤立感の解消、さらには入院期間の短縮にもつながるとされています。また、米国の研究(Stuckey & Nobel, 2010)では、絵を描いたり音楽を聴いたりする創造的な体験が、免疫力や心の健康を高める効果があることが示されています。
アトリプシーで活動している中でもその様子は垣間見ることができて、アートの力の可能性を非常に感じています。たとえば、アトリプシーの参加者が「作品をつくることで前向きな気持ちになれた」 とか、「家族以外の人に自分の気持ちを伝えられた」と語る声は、これらの研究とも共鳴しています。さらには、参加者本人だけでなく、その家族や社会にもわずかながら良い影響を広げているようにも感じます。なぜなら、 作品を手にした人は「誰かの想いが込められている」と感じ、自然と対話や共感が生まれている。ひとつひとつはとても小さな事柄ですが、その小さな循環の積み重ねが、ウェルビーイングな社会を育てていく気がしています。
アトリプシーの活動とウェルビーイング
アトリプシーは、がん患者やご家族、地域の方々と絵を描いて、その作品をスカーフや雑貨にして社会に循環させる取り組みです。大きな特徴として、
自己表現の回復:言葉にできない想いをアートで表すことで、心の解放や安心感が得られる。
社会とのつながり:完成した作品が展示されたり商品になったりすることで、「誰かに見てもらえる」という喜びや社会参加の実感が得られる。
経済的・心理的自立のサポート:商品化されたアートは参加者のやりたいことにつながり、未来への希望を育む。
これらはまさに「ウェルビーイング」の三本柱 ― 身体的・精神的・社会的な健康 ― を支えるものです。
小さな一歩が社会を変える
心理学者バーバラ・フレドリクソンは「拡張‐形成理論(Broaden-and-Build Theory)」の中で、喜びや感謝、希望などのポジティブな感情が、人の思考や行動の幅を広げ、新しい可能性を築いていくと提唱しました(Fredrickson, 2001)。彼は、創造性やポジティブな感情が「レジリエンス=心の回復力」を高めるとも述べています。さらに研究では、絵を描く・音楽を奏でるなどの創造的な活動が、自己効力感(自分はできるという感覚)を高め、ストレスに対する耐性を強めることも示されています。つまり、創造性とポジティブ感情はレジリエンスを育てる土台なのです。
「レジリエンス」という言葉は近年よく耳にするようになりました。心理学では、逆境や困難に直面したときに折れずに立ち直る力=心の回復力を意味します。がん治療や長期にわたる病気との付き合いは、心身に大きな負担を与えますが、その中で「どう再び自分らしく生きていけるか」を支える重要な要素が、このレジリエンスです。
アトリプシーの活動では、がん患者やご家族がアートを通じて自分の想いを描き、それをスカーフや小物として形にします。このプロセスは単なる表現ではなく、次のような心の変化を生んでいるように思います。
創造性の解放:絵や色に「今の気持ち」を託すことで、抑えていた感情を安心して外に出せる。
ポジティブ感情の芽生え:作品が完成したときの達成感、誰かに見てもらえる喜びが前向きな気持ちを呼び起こす。
レジリエンスの強化:創造性とポジティブ感情が積み重なることで、困難に直面しても「もう一度立ち上がれる」という心の力につながる。
ある参加者は「自分が描いた絵がスカーフになって、多くの人の手に届くと思うと、ワクワクする」と仰ってました。これはまさに、アートを介してレジリエンスが育まれた瞬間です。創造性は、ただの表現活動ではなく、人の心に「しなやかな強さ」を与える力を持っているように思います。そしてポジティブな感情は、その力を持続させる栄養のようなもの。アトリプシーの活動は、創造性とポジティブ感情を育む場を提供し、参加者一人ひとりのレジリエンスを支える実践の場としてもっと確立していきたいです。
アトリプシーの活動の中で、アートに触れることは特別な人だけのものではなく、誰もが取り組めるケアのかたちだと伝え、参加する一人ひとりが絵を描くことで心を癒し、その循環が社会へ広がっていくとき、ヘルスケアの新しい未来をつくりたいです。
ヘルスケアとアートがつながるとき まとめ
ヘルスケアとアートを融合したアトリプシーの活動は、先行研究によって裏づけられた効果を持っており、誰もが「自分らしく生きる力」を取り戻すきっかけになりうると思います。あなたのちょっとアートをやってみようかな?アートを購入して日常に取り入れてみようかな?というその一歩が、ウェルビーイングな社会を育てる力になるのではないでしょうか?よければ、みなさんのご意見を教えてください。