生成AIは「人の痛み」をデザインできるのか
- SATSUKI DESIGN OFFICE

- 4月8日
- 読了時間: 9分
クリエイティブの自動化を超えて、共感とケアのデザインを考える
こんにちは。
ここ1〜2年で、生成AIは一気に身近な存在になりました。画像をつくる、文章を整える、構成を考える、アイデアを広げる。いまや生成AIは、特別な技術というより、私たちの仕事机に置かれた新しい文房具のようなものになりつつありますね。私も使わない日はない・・というくらい毎日使っています。
業務の一部にも使用しているので、生成AIによってクリエイティブのスピードは上がりました。これまで何日もかかっていた試作や整理が、驚くほど短い時間でできるようになっています。けれど、その一方で、気になることもあります。
AIは、人の痛みを扱えるのだろうか。
ケアの現場にある、言葉にならない揺らぎやためらいまで、デザインできるのだろうか。
今日はこのことを、生成AIの最新動向をふまえながら、私が取り組んでいる「アトリプシー(ART+3C)」の視点とあわせて書いてみたいと思います。
文章を書く。画像を出す。動画の流れを考える。アイデアを複数案に展開する。大量の情報を整理して、構造を見つける。こうしたことが、以前よりずっと速く、軽やかにできるようになりました。だからこそ、デザインの価値は単に「つくれること」ではなくなってきています。誰でもある程度のアウトプットを出せる時代になったからこそ、これから問われるのは、何を、なぜ、誰のためにつくるのかという部分です。
私はここが、これからますます大事になると思っています。
生成AIは、整ったものを出すのが得意です。けれど、整っていることと、心が動くことは、同じではありません。見た目はきれいでも、どこか冷たい。正しいことは書いてあるのに、なぜか届かない。便利だけれど、そこに自分がいない気がする。そんな感覚を、これから多くの人が持つのではないかと思っています。
いま注目されているのは、「感情」や「関係性」に近いAI
最近の生成AIは、テキストだけでなく、画像、音声、動画などをまたいで扱えるようになってきました。いわゆるマルチモーダル化です。その先で注目されているのが、感情や状態に関わる使われ方です。たとえば、声のトーンや表情、話し方の変化などから、その人の状態を推定しようとする研究や実証が進んでいます。医療やケアの現場でも、空間やコミュニケーションのあり方を、その人の状態に合わせて調整しようとする試みが少しずつ出てきました。ただ、ここは慎重に見たほうがいいとも思っています。
AIは魔法ではありません。
人の気持ちを完全に読めるわけでもないし、ましてや「わかったつもり」になることには危うさがあります。けれど、だから無意味なのではなくて、人の状態に合わせて環境や表現を調整する補助線としてなら、AIは使い道がある。私はそう考えています。
つまり、AIがケアをするのではなく、人がケアしやすくなるための下支えとしてAIを使う。その距離感が、いまは大事なのではないでしょうか。
アトリプシーの視点から見る、AIとケアの可能性
私が主宰しているアトリプシーは、Art+3C という考え方を大切にしています。ここでいう3Cは、Care、Communication、Connection です。アトリプシーは、単にアートを美しく見せるためのものではなく、人の痛みや揺らぎにふれながら、表現を通して関係性をひらいていくための視点をつくるしくみです。生成AIを、この3Cにそのまま当てはめることはできませんが、人を置き去りにしない使い方を考えるなら、補助線として機能する場面はあるかもしれない。私はそんなふうに感じています。
1. Care
AIは「ケアそのもの」ではなく、入り口を支える存在になれるかもしれない
人は、しんどいときほど、うまく話せません。何がつらいのか自分でも整理できない。人に話す気力が出ない。相手の反応を見るのも怖い。そういうことがあります。そんなとき、AIとの対話が「最初の受け皿」になることはあると思います。
24時間使えること。相手の都合を気にしなくていいこと。何度言い直しても、責められないこと。
こうした特性は、ときに安心につながります。ただし、それはAIが「わかってくれる存在」だからではありません。AIは、人を支える入口にはなれても、支援そのものを引き受けられるわけではない。依存や誤誘導のリスクもありますし、人の苦しみを本当に受け止めるには、やはり人の関わりが必要です。
だから私は、AIをケアの主役にしたいわけではありません。でも、言葉になる前の気持ちをいったん受け止める補助線 としてなら、意味はあると思っています。
2. Communication
言葉にならないものを、いったん見える形にする
アトリプシーが大切にしているのは、単なる商品づくりではなく、表現を通して、伝わりにくいものを少しずつ社会にひらいていくことです。人は、痛みや不安や違和感を、いつもきれいに説明できるわけではありません。でも、色や形や質感や比喩なら、少し近づけることがあります。
生成AIは、そのときの仮の翻訳者になれるかもしれません。
言葉にならないものを視覚化する。異なる立場の人同士が、共通のイメージを前に話し始める。説明しきれない感覚を、いったん外に出してみる。もちろん、そこには単純化の危険もあります。でも、まったく届かなかったものが、少しでも伝わるきっかけになるなら、そこには価値がある。私はそう思っています。
3. Connection
分断された感覚や関係を、もう一度つなぎ直すために
アトリプシーにとって、Connection はとても重要な視点です。病気や障害、喪失や孤立を経験すると、人は社会とのつながりだけでなく、自分自身とのつながりまで見失ってしまうことがあります。昨日までの自分と、今の自分。社会のなかの自分と、ひとりでいる自分。言いたいことと、うまく言えない現実。そうしたあいだに、見えない断絶が生まれることがあります。アートやデザインには、その断絶をすぐに埋めることはできなくても、そこに橋をかけるような働きがあると私は思っています。
生成AIもまた、使い方によってはその補助になりえます。たとえば、自分の内側にある感覚をいったん外に出して見つめ直すこと。誰かと共有しやすい形に整えること。異なる背景を持つ人どうしのあいだに、対話のきっかけをつくること。
AIがつながりを生むのではなく、人がつながり直すためのきっかけを補助する。そのくらいの距離感で考えると、Connection の領域でも可能性はあるように思います。
生成AI時代に、本当に必要なもの
ここは、私としてつねに考え、大切にしているところです。
最近は、企業のブランディングや新規事業開発でも、生成AIを使うのが当たり前になってきました。企画のたたき台をつくる、ビジュアル案を一気に出す、競合調査を整理する、世界観を複数パターン試す。こうしたことは、AIによってかなりやりやすくなっています。
でも、それだけではブランドは育ちません。
むしろ、誰もが同じようにAIを使うようになるほど、最後に差がつくのは「人間の切実さ」だと思います。どんな経験からその事業が生まれたのか。誰の困りごとに向き合っているのか。何を大事にして、何はやらないのか。その表現は、本当にその人たちらしいのか。こういうところに、芯は宿ります。
だから私は、AIを使うこと自体を価値だとは思っていません。AIで速くするのは前提。その上で、何を残すか、何を削るか、どこで踏みとどまるか。そこにこそ、伴走するデザイナーの役割があると感じています。
AIに「痛み」は描けるのか
ここからは、少し個人的な話になります。
AIに「この闘病の痛みを描いて」と頼めば、それらしい画像や言葉は出てくると思います。静かな悲しみ、冷たい病室、揺れる光、孤独な後ろ姿。そういう、私たちが“それっぽい”と感じるものは生成できるでしょう。でも、それはやはり平均化された表現です。
私があのとき感じていたことは、もっと曖昧で、もっと説明しづらくて、もっと個人的でした。病室の白さが怖かったこと。窓の外の緑が、こちらの事情なんて知らないまま明るかったこと。周囲は励ましてくれているのに、うまく応えられなかったこと。きれいな言葉にされるほど、置いていかれる気がしたこと。そういうものは、たぶんデータとしては扱いにくいし、ノイズとしてこぼれやすいのだと思います。
でも、本当はそこに、その人の真実があります。
デザインの仕事も、きっと同じです。整っていることより、真実に近いこと。説明しやすいことより、置き去りにしないこと。AIが平均をつくるなら、人間は平均からこぼれたものを拾う役割を持つのではないか。私はそんなふうに思っています。
これからのデザインは、「効率」だけでは足りない
生成AIによって、表現のハードルは下がりました。これは本当に大きなことです。これまで手が届かなかった人にも、表現の入口が開かれていく。その可能性は、私はとても希望だと思っています。一方で、技術が進むほど、私たちは逆に「人がいること」の価値を求めるようにもなるはずです。
この言葉で大丈夫だろうか。この色は本当に安心につながるだろうか。この打ち出し方は、誰かを静かに傷つけていないだろうか。そういう問いには、まだ人間の手触りが必要です。だから私は、生成AIを否定したいわけではありません。むしろ、とても使います。便利ですし、助けられることも多いです。
けれど、最後に大事なのは、その表現が誰のどんな現実に触れるのかを想像し続けることだと思っています。
さつきデザイン事務所は、これからもAIという新しい道具を使いながら、着地点はいつも「人間の尊厳」と「ケア」に置いていたいと思います。速くつくることより、きちんと届くこと。うまく見せることより、置き去りにしないこと。その両立を、これからも考えていきたいです。

出典・参考URL一覧
Stanford HAI, AI Index
Stanford HAI, Artificial Intelligence Index Report 2025
https://hai-production.s3.amazonaws.com/files/hai_ai_index_report_2025.pdf
OpenAI, Investigating Affective Use and Emotional Well-being on ChatGPT
https://cdn.openai.com/papers/15987609-5f71-433c-9972-e91131f399a1/openai-affective-use-study.pdf
arXiv, Investigating Affective Use and Emotional Well-being on ChatGPT
Stanford News, New study warns of risks in AI mental health tools
https://news.stanford.edu/stories/2025/06/ai-mental-health-care-tools-dangers-risks
World Economic Forum, As AI rises, so does the need for more human creativity
https://www.weforum.org/stories/2026/01/ai-and-need-for-more-human-creativity/
World Economic Forum 日本語版
International AI Safety Report 2026
https://internationalaisafetyreport.org/publication/international-ai-safety-report-2026
Stanford Emerging Technology Review 2026: Artificial Intelligence
https://setr.stanford.edu/sites/default/files/2026-01/SETR2026_01-AI_web-260109.pdf
CW+, Immersive AI artwork launches at Chelsea and Westminster Hospital
https://www.cwplus.org.uk/latest/immersive-ai-artwork-launches-at-chelsea-and-westminster-hospital/
Chelsea and Westminster Hospital NHS Foundation Trust, How we use AI to improve care
https://www.chelwest.nhs.uk/about-us/organisation/our-way-of-working/how-we-use-ai-to-improve-care
Journal of Patient Experience, Generated Bedside Art Interventions in Hospital Care
PubMed, Generated Bedside Art Interventions in Hospital Care
ClinicalTrials.gov, An AI-Assisted Art Therapy Co-Creation Intervention
MDPI, Perspectives for Generative AI-Assisted Art Therapy for Melanoma Patients
Taylor & Francis, The AI-Therapist Duo: Exploring the Potential of Human-AI Collaboration in Art Therapy
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/10447318.2025.2487859
Nature Human Behaviour, Experiences of generative AI chatbots for mental health


