「治療と仕事の両立支援」の努力義務化について
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- 3 日前
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2026年4月1日から、職場における治療と仕事の両立支援のとりくみが、事業主の努力義務になります。これは、改正労働施策総合推進法に基づくもので、厚生労働省はあわせて「治療と就業の両立支援指針」を公表しています。

「治療と仕事の両立支援」の努力義務化
このニュースを見て、「がん患者への支援が新しく始まるの?」と思った方もいるかもしれません。
たしかに、厚生労働省の資料では、がん等の病気を抱える労働者が代表的な例として示されています。けれども、この制度はがん患者だけを対象にしたものではありません。対象となるのは、反復・継続した治療が必要と医師が判断した疾病で、雇用形態にかかわらずすべての労働者です。
つまり今回の制度は、「がんの人だけの特別な制度」ではなく、病気や負傷を抱えながら働く人を、職場としてどう支えるかを、社会全体の課題として位置づけ直したものだといえます。
「努力義務」とは何か
ここで大切なのは、今回の改正が義務ではなく努力義務だという点です。すぐに罰則があるわけではありません。ですが、法律上、事業主には治療と就業の両立を支援するために必要な措置を講じるよう努めることが求められるようになりました。厚生労働省の資料では、事業主に期待される取組として、たとえば次のような内容が示されています。
相談窓口の明確化、社内の支援体制の整備
研修などを通じた意識啓発
休暇制度の整備
勤務制度の整備
主治医や産業医などと連携した個別支援
休暇制度の例としては、時間単位の年次有給休暇、傷病休暇、病気休暇などが挙げられています。勤務制度の例としては、時差出勤、短時間勤務、在宅勤務(テレワーク)、試し出勤制度などが示されています。
ここで見えてくるのは、制度の中心が「一律の正解」ではなく、本人の状況に応じた調整にあるということです。治療しながら働くと言っても、通院頻度、体力、症状、薬の副作用、職種、家庭状況は一人ひとり違います。だからこそ、画一的な対応よりも、相談しやすい体制と柔軟な対話が要になります。これは、法律の条文が骨組みだとしたら、現場の対話はその中を流れる血のようなものです。
個別支援はどう進むのか
厚生労働省は、個別の支援の進め方として、次のような流れを示しています。
労働者本人が両立支援を申し出る
勤務情報提供書などを用いて、主治医へ勤務情報を伝える
主治医意見書を受け取る
産業医等の意見も踏まえて、両立支援プランを作成する
就業継続の可否や必要な配慮を事業主が判断する
つまり、本人の申し出だけで完結するわけでも、医師の判断だけで決まるわけでもありません。本人、主治医、産業医等、事業主が連携しながら進めることが想定されています。
そして、指針では、事業主が一方的に措置を決めるのではなく、本人の就業継続の希望や配慮の要望を聴き、十分に話し合うことが重要だとされています。疾病にかかったことだけを理由に安易に就業を禁止しないことも示されています。
この点はとても大切です。「支援」という言葉は、ときに善意の顔をしながら、本人の意思を置き去りにしてしまうことがあります。けれど本来の両立支援は、本人のために何かを決めてしまうことではなく、本人が働き続ける可能性を一緒に探ることなのだと思います。
では、なぜ今この制度なのか
厚生労働省は、病気を抱える労働者のなかには、職場の理解や支援体制が十分でないために就業をあきらめてしまうケースが少なくないことを背景として挙げています。また、高齢者の就労増加などを背景に、今後はどの職場でも、病気を治療しながら働く人が増えていくとしています。
さらに、両立支援に取り組むことは、労働者本人の健康確保や就業継続だけでなく、社員全体の安心感やモチベーションの向上、人材の定着、生産性の向上にもつながると厚生労働省は説明しています。
この説明を読むと、制度の目的は単に「弱い立場の人を守りましょう」という話ではなく、企業の持続性そのものに関わるテーマとして位置づけられていることがわかります。誰かが病気になることは、特別な出来事ではなく、職場の誰にでも起こりうる現実です。だからこそ、個人の問題に閉じ込めず、組織の設計の問題として扱う必要があるのでしょう。
がん患者への両立支援として考えたときに
がんは、今回の制度の対象の一部です。実際、厚生労働省の資料でも、がん等の病気を抱える労働者が例示されています。がん治療では、手術、抗がん剤治療、放射線治療、ホルモン療法などにより、見た目ではわかりにくい体調変化や副作用が長く続くことがあります。通院が定期的に必要な場合もあれば、集中力や疲労感に波があることもあります。今回の制度は、そうした現実に対して、職場が「辞めるか、無理して続けるか」の二択を迫るのではなく、調整しながら働く道を探るための土台になります。
ただ、制度が整うことと、安心して相談できることは、同じではありません。制度があっても、言い出せない。制度があっても、理解される気がしない。制度があっても、迷惑をかけると思ってしまう。
現場では、こうした沈黙の壁のほうが、ずっと分厚いことがあります。
本当に必要なのは「制度」だけではなく「関係性」
今回の努力義務化は、とても大きな一歩です。けれど、制度だけで職場が変わるわけではありません。
相談窓口をつくること。休暇制度や勤務制度を整えること。主治医や産業医と連携できるようにすること。これらはもちろん大事です。ですが同じくらい、あるいはそれ以上に大事なのは、安心して話せる関係性です。
人は、制度があるから相談するのではなく、「ここなら話しても大丈夫かもしれない」と感じられるときに、やっと話し始めます。だから企業に求められているのは、制度整備だけではなく、配慮の前提となる相互理解を育てることなのだと思います。
ここで、アートや対話の場づくりが生きてきます。知識を教えるだけでは届きにくい感情や経験に、少し遠回りしながら触れていく方法。言葉になりにくい不安や揺らぎを、表現を介して扱える場。誰かを“説明させる”のではなく、互いに想像し合うための時間。そうしたものは、制度の外側に見えて、じつは制度を使えるものにするための土台です。
制度を機能させるために、対話の土台を育てる
2026年4月から始まる「治療と仕事の両立支援」の努力義務化は、がん患者だけのための制度ではありません。けれど、がんを含む多くの病気や負傷を抱えながら働く人にとって、職場のあり方を見直す大切な転機です。企業にとっては、これを単なる法改正対応として受けとめるのではなく、「人が病気になっても働き続けられる職場とは何か」を考えるきっかけにしていくことが大切なのではないでしょうか。
制度をつくること。相談できる窓口を示すこと。柔軟な働き方を用意すること。そして、安心して話せる空気を育てること。その全部がそろってはじめて、両立支援は机の上の言葉ではなく、現実の支えになるのだと思います。
さつきデザイン事務所では、こうした土台づくりのために、ウェルビーイング×アートのワークショップをご提案しています。アートを使うといっても、作品の上手さを競うものではありません。色や形、手を動かすプロセスを通じて、自分の状態に気づいたり、他者との感じ方の違いにふれたりしながら、安心して対話できる場をひらいていくものです。
制度や知識の共有だけでは届きにくいテーマ。たとえば、治療と仕事の両立、育児や介護との両立、復職への不安、女性の健康課題、言葉にしづらいストレスや孤立感。そうしたテーマに対して、アートを介した場づくりは、相互理解の入口になります。
制度を整えることと、関係性を育てること。その両方がそろってはじめて、両立支援は現実の支えになります。さつきデザイン事務所では、企業や団体の目的に応じて、講演、対話型ワークショップ、体験型プログラムなどを設計しています。ウェルビーイング施策、両立支援、DE&I、復職支援、管理職研修などにご関心のある方は、ぜひご相談ください。
出典
厚生労働省「雇用・労働 治療と仕事の両立について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000115267.html
厚生労働省「治療と就業の両立支援指針」 https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001666578.pdf
厚生労働省「治療と就業の両立支援指針(概要)」 https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001666828.pdf
厚生労働省「病気を抱える労働者の治療と就業の両立支援が努力義務になります!」 https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001667374.pdf
e-Gov法令検索「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」 https://laws.e-gov.go.jp/law/341AC0000000132/20260401_507AC0000000063
