ケアとアートを企業研修に活かすには?ウェルビーイングと心理的安全性から考える新しい研修の可能性
- SATSUKI DESIGN OFFICE

- 1 日前
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企業研修というと、スキルアップや業務効率化、リーダーシップ開発などを思い浮かべる方が多いかもしれません。けれど、新規事業やチームづくりに本当に必要なのは、知識や技術だけではないと感じています。
正解のない問いに向き合う力。
自分の感じていることを言葉にする力。
他者の違いを受け止めながら対話する力。
安心して考えや違和感を出せる関係性。
これからの企業には、こうした「人の内側にある力」を育てる研修が必要になっていくのではないでしょうか。
私はこれまで、アトリプシー/ART+3Cの活動を通して、病気や治療、副作用などによる外見や気持ちの変化に向き合う人たちと関わってきました。その中で大切にしてきたのは、表現すること、装うこと、人とつながることです。ただし、私はまだ「企業研修」としてこの取り組みを実施したことはありません。研究や社会の動きをもとに、ケアとアートを企業研修に展開してみたいと思っています。
今日は、以下の内容について考えてみたいと思います。
なぜ今、企業にケアの視点が必要なのか
アートがウェルビーイングや対話にどう関わるのか
心理的安全性と新規事業の関係
ケアとアートを企業研修に取り入れる場合のプログラム案
今後、アトリプシー/ART+3Cとして検証してみたいこと

なぜ今、企業研修に「ケア」の視点が必要なのか
働く人の心身の状態は、企業活動と切り離せないテーマになっています。
厚生労働省の令和6年「労働安全衛生調査」では、仕事や職業生活に関して強い不安、悩み、ストレスを感じる事柄がある労働者は68.3%とされています。これは、多くの人が日々の仕事の中で何らかの心理的な負荷を感じていることを示しています。
また、2025年5月に公布された改正労働安全衛生法により、これまで努力義務とされていた労働者数50人未満の事業場にも、ストレスチェックの実施が義務化されることになりました。施行日は公布後3年以内に政令で定められるとされています。
こうした流れを見ると、メンタルヘルスやウェルビーイングは、大企業だけの課題ではなく、中小企業や小規模事業者にとっても避けて通れないテーマになっています。ただし、制度だけで人の気持ちがすべて見えるわけではありません。
「つらいです」と言える前の違和感。
「大丈夫です」と言いながら、ほんとうは余白がなくなっている状態。
会議では言葉にできないけれど、何か引っかかっている感覚。
そうした声になる前のものを、少し別のかたちで扱う場が、企業の中にも必要なのではないかと感じています。
アートは、上手に描くことではなく「感じていることに気づく方法」
アートというと、「絵がうまい人のもの」「センスがある人のもの」と思われがちです。
でも、ケアとアートの文脈で大切なのは、作品の完成度ではありません。自分の中にある感覚や違和感を、色や線、かたち、素材、ことばになりきらない表現として外に出してみること。そこに意味があるのだと思います。
WHO欧州地域事務局のスコーピングレビューでは、アートが健康やウェルビーイングに果たす役割について、3,000件以上の研究をもとに整理されています。このレビューでは、アートが健康の促進、予防、疾病への対応など、幅広い場面に関わる可能性が示されています。
もちろん、企業研修で行うアート活動は医療行為ではありません。治療やカウンセリングの代わりになるものでもありません。けれど、表現を通して自分の状態に気づくこと、他者の感じ方に触れること、言葉だけでは届きにくい部分を共有することは、働く場のコミュニケーションやチームづくりにもつながる可能性があります。
新規事業に必要なのは、アイデアの量だけではない
新規事業というと、斬新なアイデアや市場分析、ビジネスモデルが注目されます。もちろん、それらは重要です。でも、実際にはそれ以前に、チームの中に「まだ不確かなことを言ってもいい」という空気があるかどうかが大切なのではないでしょうか。
たとえば、「まだ言葉になっていない違和感を拾えるか」「失敗するかもしれない案を出せるか」「異なる視点を否定せずに持ち寄れるか」「顧客の本当の困りごとに、想像力を持って近づけるか」こうした土壌がなければ、新規事業のアイデアは表面的なものになってしまいます。
心理的安全性の研究で知られるAmy Edmondsonは、心理的安全性を、対人関係上のリスクを取っても安全だとチーム内で共有されている状態として説明しています。1999年の論文では、心理的安全性がチームの学習行動やパフォーマンスに関係することが示されています。また、Googleのチーム効果性に関する研究でも、効果的なチームに関わる重要な要素として心理的安全性が挙げられています。誰がチームにいるかだけではなく、メンバー同士がどのように関わり、発言し、学び合えるかが重要だとされています。
ケアとアートを取り入れた企業研修は、この心理的安全性を頭で理解するだけでなく、体験として感じる場にできるのではないかと考えています。
ケアとアートの企業研修でできること
もし企業研修として実施するなら、私は次のようなプログラムを考えています。
1. 自分の状態に気づく
最初から「良いアイデアを出しましょう」とはしません。
まずは、今の自分がどんな状態なのかに気づく時間をつくります。忙しさの中で置き去りにしている感覚はないか。仕事の役割や肩書きの前に、一人の人としてどんな余白があるのか。いま、自分の内側にどんな色や線があるのか。短い問いかけや、色・線・ことばを使ったワークを通して、自分の輪郭を少し確かめる時間にします。
2. 言葉になりにくいものを表現する
次に、インクや紙、色、素材などを使いながら、正解のない表現を行います。
ここで大切なのは、上手につくることではありません。評価されるためにつくるのでもありません。
「なんとなく気になる色」「今の自分に近い線」「まだ言葉になっていないもやもや」そうしたものを、いったん外に出してみる。すると、自分でも気づいていなかった考えや感情が、目の前に現れることがあります。
3. 他者の表現を聴く
完成したものを見せ合う時間では、作品を評価しません。
「これは何に見えるか」ではなく、「どんな気持ちでつくったのか」「どこが気になっているのか」「自分はそこから何を受け取ったのか」という対話を行います。普段の会議では出てこない、その人の感じ方やものの見方に触れることで、チームの中に少し違う空気が生まれるのではないかと思います。
4. 仕事や新規事業の問いに戻す
最後に、表現したことを仕事のテーマに接続します。
たとえば、次のような問いです。
・このチームで言えていないことは何か
・顧客の言葉にならない困りごとは何か
・新規事業で本当に向き合いたい痛みは何か
・効率化の中で失われている感覚は何か
・自分たちの仕事は、誰のどんな変化を支えているのか
アートで終わるのではなく、アートを入口にして、仕事の見方や関係性を少し変える。そこに、ケアとアートを活用した企業研修の可能性があると考えています。
国内外で広がる「アートとウェルビーイング」の流れ
ケアとアートへの関心は、個人的な感覚だけではありません。
日本でも、国立アートリサーチセンターが「健康とウェルビーイング」に関する活動を行っており、アートの社会的価値を明らかにする取り組みを進めています。孤独や孤立に対応する「文化的処方」なども紹介されています。
また、東京都とアーツカウンシル東京による「クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー」では、芸術文化を通してウェルビーイングについて考え、多様な実践を展開するプロジェクトが進められています。
海外でも、文化やアートへの参加が健康やウェルビーイングにもたらす価値を可視化しようとする動きがあります。英国では、文化・ヘリテージへの参加による健康・ウェルビーイング面の価値が、年間約80億ポンドに相当するという分析も発表されています。
さらに、経営教育の分野でも、アートベースの方法が注目されています。2026年に発表された管理教育に関する研究では、アートベースの方法が感情的・内省的・対話的な学びを促し、創造性や共感、イノベーションに関わる力を育てる可能性が示されています。
こうした流れを見ると、アートは「趣味」や「余暇」だけに閉じるものではなく、人が人らしく働くための感覚や関係性を育てるものとして、企業の中でも活かせるのではないかと感じます。
アトリプシー/ART+3Cとして、ウェルビーイング 企業研修に取り組んでみたい理由
アトリプシー/ART+3Cは、表現すること、装うこと、人とつながることを通じて、外見や気持ちの変化に向き合う人が、自分の輪郭を取り戻していくための実践です。これまでは、病気や治療、副作用などによる変化に向き合う人たちとの関わりを中心に活動してきました。けれど、働く人の中にも、日々の役割や責任の中で、自分の感覚を置き去りにしている人は少なくないのではないでしょうか。
「成果を出さなければならない」「ちゃんとしていなければならない」「弱さを見せてはいけない」「まだ形になっていないことは言いにくい」そんな空気の中では、新しい問いも、新しい事業も、生まれにくくなってしまいます。だからこそ、ケアとアートを企業研修に取り入れることで、働く人が自分の感覚に立ち戻り、他者と対話し、まだ形になっていないものを一緒に育てる場をつくってみたいと考えています。
これから検証していきたいこと
ただし、私は「ケアとアートの企業研修をすれば、必ず組織が変わります」とは言いたくありません。
それはまだ、これから検証していくことです。実施するなら、参加者の満足度だけでなく、研修前後でどのような変化があったのかを丁寧に見ていきたいと思っています。
たとえば、次のような視点です。
・自分の状態に気づく時間になったか
・他者の考えを聴く姿勢に変化があったか
・チーム内で発言しやすくなったか
・新規事業や企画の問いが深まったか
・職場のコミュニケーションに余白が生まれたか
・普段の業務では見えにくい個性や強みに気づけたか
こうしたことを、アンケートや対話、振り返りを通して確認していく必要があります。
まとめ:ケアとアートを、企業の中にもひらいてみたい
企業は、成果を出す場所です。でも同時に、人が多くの時間を過ごす場所でもあります。
成果を出すために人をすり減らすのではなく、人が自分の感覚や創造性を取り戻すことで、結果として新しい価値が生まれていく。そんなウェルビーイング 企業研修のあり方を、これから考えてみたいと思っています。
ケアとアートは、特別な人だけのものではありません。
うまく言葉にできない違和感。
まだ形になっていないアイデア。
誰かと一緒に考えることで、少しずつ見えてくる可能性。
そうしたものを大切に扱う時間を、企業の中にもつくっていけたら。
アトリプシー/ART+3Cで大切にしてきた「表現すること」「装うこと」「人とつながること」の実践を、これからは企業研修という形にもひらいていきたいと考えています。
出典・参考URL
厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)」https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/r06-46-50.html
厚生労働省「ストレスチェック制度・メンタルヘルス対策」https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/index.html
厚生労働省「ストレスチェック制度について(労働者数50人未満の事業場)」https://kokoro.mhlw.go.jp/etc/small-sc/
WHO “What is the evidence on the role of the arts in improving health and well-being? A scoping review”https://www.who.int/europe/publications/i/item/9789289054553
Amy Edmondson “Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams”https://journals.sagepub.com/doi/10.2307/2666999
Google re:Work “Understand team effectiveness”https://rework.withgoogle.com/intl/en/guides/understand-team-effectiveness
国立アートリサーチセンター「健康とウェルビーイング」https://ncar.artmuseums.go.jp/activity/learning/healthandwellbeing/
国立アートリサーチセンター「文化的処方のはじめの一歩」https://ncar.artmuseums.go.jp/reports/d_and_i/wellbeing/post2025-2199.html
アーツカウンシル東京「クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー」https://www.artscouncil-tokyo.jp/creativewell/
Frontier Economics “Engagement in culture and heritage creates £8BN in value per year for the UK”https://www.frontier-economics.com/uk/en/news-and-insights/news/news-article-i21105-engagement-in-culture-and-heritage-creates-8bn-in-value-per-year-for-the-uk/
ScienceDirect “Innovation pedagogy in management education: Student-centered learning with arts-based methods”https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1472811725001764

