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社会的処方とホスピタルアート|英国・北欧に学ぶ、ケアを支える環境デザイン


ケアとアートが、QOLを支えるインフラになる時代へ

デザインは、もはや「機能」や「装飾」だけのものではありません。医療や福祉の現場では、デザインは人の不安を和らげ、回復を支え、尊厳を守るための環境として、その役割を広げつつあります。

とくに欧州では、ホスピタルアートや治癒的な建築が、患者のためだけでなく、医療従事者を含めた「ケアする人・される人」双方の環境づくりとして重視されてきました。


アートは病院を華やかに飾るためのものではなく、孤独、不安、緊張、喪失感に寄り添うための社会的な装置でもあります。そう考えると、ホスピタルアートは「美術の話」であると同時に、「医療の話」であり、「社会の話」でもあるのだと思います。


英国

社会的処方は「地域につなぐ医療」

英国で注目されてきた社会的処方(Social Prescribing)は、薬を出すだけでなく、患者を地域の活動や支援につなげる仕組みです。内閣府の資料でも、英国では1980年代から試みが始まり、2006年の政策提言をきっかけに全国へ広がり、2018年には保健省の補助金も用意されるなど、制度として定着してきた流れが示されています。


具体的には、GP(一般医・家庭医)が、孤独感の強い人や慢性的な不安を抱える人に対して、ウォーキンググループ、地域の交流会、創作活動、ボランティア、文化プログラムなどを紹介します。

重要なのは、これが単なる気分転換の提案ではなく、健康の背景にある社会的要因に働きかける医療の一部として位置づけられていることです。


アートはこの文脈ととても相性がよい存在です。鑑賞すること、描くこと、つくること、語ることは、感情を外へ出す回路になります。とくに、がんや慢性疾患のように長く付き合う病気においては、治療そのものだけでなく、「自分はまだ自分である」と感じられることが大きな意味を持ちます。


北欧

病院は「治す場所」である前に、「安心できる場所」

北欧、とくにデンマークでは、病院建築そのものを治療環境として捉える発想が強く、自然光、開放感、素材感、色彩、アートの組み合わせによって、患者の緊張を下げる空間づくりが進められています。


たとえば、デンマークの国立病院の北棟は「ヒーリング建築」を掲げ、外観や動線、窓の大きさ、アート作品の配置まで含めて、患者、家族、スタッフに寄り添う設計として紹介されています。

ここで注目したいのは、空間の美しさそのものが目的ではないということです。北欧の病院建築は、単にホテルのように見えることを目指しているのではなく、患者が「ここは自分の身体を預けてよい場所だ」と感じられることを大切にしています。つまり、建築、アート、光、導線、音、素材が、それぞれ独立した要素ではなく、ひとつのケアシステムとして設計されているのです。


この視点は、これからホスピタルアートを考えるうえでとても重要です。壁に作品を掛けるだけではなく、空間全体を「回復しやすい状態」に整えること。そこに、北欧型の病院デザインの本質があるように思います。


日本

課題は「制度」「予算」「人材」にある

日本でも、病院空間にアートを導入する事例はあります。ただし、まだ多くは寄贈やボランティアに支えられた単発型にとどまっているのが現状です。これを一時的な取り組みではなく社会実装へ進めるには、少なくとも三つの課題を整理して考える必要があります。


1.制度の課題

日本では、ホスピタルアートが医療の標準設計として組み込まれているわけではありません。そのため、担当者の熱意があっても、施設ごとに温度差が生まれやすい状況があります。

社会的処方のように、医療と文化、地域資源をつなぐ仕組みを考えるなら、病院の内部だけで完結しない制度設計が必要です。


2.予算の課題

アートはしばしば、「余裕があるときに取り入れるもの」と見なされがちです。しかし本来は、療養環境の質を左右する重要な要素でもあります。

医療現場では、人件費や設備投資が優先されやすく、アートや空間デザインは後回しにされやすいのが実情です。だからこそ、初期費用だけではなく、患者満足、待ち時間のストレス軽減、療養環境の質、施設価値の向上といった、より広い視点から考える必要があります。


3.人材の課題

医療現場は慢性的な人手不足にあり、日々の運営だけで手一杯になりやすい状況があります。そのなかで、アートやデザインを理解し、医療スタッフとともに空間や体験を設計できる人材は、まだ十分とはいえません。

必要なのは、単に作品を持ち込む人ではなく、医療と文化のあいだを行き来しながら、その場に必要な形へと翻訳できる人なのだと思います。


これから必要なのは、

「治療の外側」を支える視点

英国の社会的処方や、北欧のヒーリング建築に共通しているのは、医療を診察室や処置室のなかだけで完結させない視点です。人は治療だけで回復するのではなく、安心できる環境や、孤立しない関係、自分を取り戻せる表現の回路によっても支えられています。


そう考えると、ホスピタルアートは単なる装飾ではありません。不安や緊張、喪失感に寄り添い、その人が「ここにいてよい」と感じられる環境をつくるための、ケアの実践のひとつだといえます。



アートやデザインで寄り添い、

自己表現とつながりを支えるしくみ

私が主宰するアトリプシー/ART+3Cは、病気や治療、副作用による外見や気持ちの変化のなかで生まれる不安や揺らぎに対して、アートやデザインを通じて寄り添い、その人らしさや自己表現、そして人とのつながりを支えるしくみです。


ART+3Cの3Cは、Care、Communication、Community。ケアを起点に、表現や対話を通して、人と人、人と社会をゆるやかにつないでいくことを大切にしています。製品づくり、ワークショップ、展示や対話の場などを通して、治療中や治療後にも「自分らしくいられること」、そして孤立せず社会とつながり続けられることを支えていきたいと考えています。


たとえば、闘病中の子どもと一緒に行う自己表現のワークショップは、単なるレクリエーションではありません。それは、病気によって奪われがちな自己決定感を取り戻し、「自分はここにいてよい」と感じるための実践でもあります。


私の体験と、

アートやデザインに託していること

私自身、がんと向き合った時期に、真っ白な病室で感じたのは、身体の痛みだけではありませんでした。自分が「症例」になっていくような、言葉にしにくい喪失感がありました。そんなとき、何気なく描いた一枚の絵や、交じり合う色の存在が、外の世界と私をつないでくれました。


その経験から私は、アートとは「言葉にならない叫びを形にすること」なのだと考えるようになりました。うまく説明できない痛みや不安、揺らぐ自己像を、無理に言葉にしなくてもよいかたちで受けとめ、外へひらいていく。表現には、そうした力があるのだと思います。


そして私は、デザインにもまた、同じ可能性があると感じています。それは単に見た目を整えることではなく、人の不安を少し軽くし、場の空気をやわらげ、安心してそこにいられる感覚を支えること。誰かの尊厳が置き去りにされないように、関係や環境のあり方を丁寧に考えることです。


これからの社会に必要なのは、便利さや強さだけを追い求めることではなく、弱さや揺らぎを前提にしながら、人が人としていられる場をどうつくるか、という視点ではないでしょうか。私が大切にしたいのは、アートやデザインを通して、そうした感覚を社会のなかに少しずつ手渡していくことです。


インクアートで描いた絵

社会的処方とホスピタルアート

参考文献・出典


公的資料・研究資料



解説・事例紹介


キーワード:社会的処方とホスピタルアート


さつきデザイン事務所/SATSUKI DESIGN OFFICE
(適格請求書発行事業者登録済み)

TOYONAKA-CITY, OSAKA,  JAPAN(日本)

info@satsuki.design

さつきデザイン事務所は、​大阪で企業ブランディングやパーソナルブランディングを行っているデザイン事務所です。

ブランドマネージメント・プランニング・ディレクションを行い、ウェブ制作・DTP制作などを行っています。

経営戦略をベースにブランドデザイン戦略へ落とし込んでいきますので、単なるビジュアル化ではありません。

皆様の企業価値を高めるお手伝いをしていますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。

また、「遊びごころを共有するためのコミュニケーションデザイン」を研究中。

​ケアとアートの領域で研究と「アトリプシー/ART+3C」実践を行っています。

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